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『絵本忠臣蔵』

 速水春暁斎作・画の絵本読本の初作である。読本とは、18世紀中頃から約100 年間に出版された小説を指し、山東京伝作『忠臣水滸伝』(前編寛政11年、後編享和元年刊)を境に、短編集である前期読本と長編の後期読本に分けられる。後期読本は、勧善懲悪の思想を持ち、凝った口絵や挿絵があることが特徴である。絵本読本は上方で流行した読本の形式で、春暁斎は作・画を兼ねた上方随一の作者であるが、細密な挿絵と本文とが相まって読者の人気を得た。本作は、元禄15年(1702)12月14日に起きた大石内蔵助をはじめとする赤穂義士の仇討を扱っており、従来、江戸の『忠臣水滸伝』に対抗して上方書肆から版行されたものとされてきた。しかし、最近の研究では、それ以前に大坂や京都で『絵本忠臣蔵』出版の準備があったものの、諸事情により実際の版行が『忠臣水滸伝』以後となったことが指摘されている。つまり、江戸の読本に触発されたのではなく、当時流行の実録『赤穂精義内侍所』を種本に上方で独自に制作された絵本読本なのであった。江戸時代には、政治色の強い実話を版行することは御法度で、写本の実録として流布するか、時代を替えて小説や芝居にするか、どちらかの方法が採られていた。題簽・内題・柱刻などから、当初、寛政12年(1800)に刊行された本書を全編としていたと思われ、後編は文化5年(1808)に京都・江戸・大坂の三都書肆連名で出版されている。前編と後編では形式が異なっており、前編は、伯州赤尾城主塩冶判官高貞の鶴岡八幡宮での刃傷の発端から、大星由良之介ら義士たちが苦難の末に敵高師直を討つまでを、後編は、義士の切腹まで描いた後、彼らの列伝を述べている。

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