貴重書ギャラリー

勇魚取繒詞いさなとりえことば3冊

 日本の大型捕鯨は18世紀中庸にピークを迎え、北部九州には多くの鯨組(捕鯨を専門とするマニュファクチュア組織)が林立する。中でも最大の勢力は生月島に拠点を構える益富(ますとみ)組で、最盛期には従業員3000名以上、鯨舟200隻、年間捕獲数200頭以上を記録した。捕鯨は文化的にも注目され、多くの文人墨客が生月島の益富組をおとずれた。その際のガイドブックとして制作されたのが『勇魚取繒詞』(1829)である。
 『勇魚取繒詞』は上下2巻と別冊の『鯨肉調味方』の3冊で一組となっている。『鯨肉調味方』は「詞」だけからなっているのに対して、『勇魚取繒詞』はいわば長い巻物を折って本のかたちにしたもので、実際は書物というより「絵巻物」である。上巻では見開きの説明文(詞)と見開きの捕鯨図(繒)が1組をなし、それが合計20組で全体を構成している。下巻では「繒」と「詞」が同一画面上に展開され、見開きでひとつのテーマを構成し、それが20葉で全体を構成する。
 著者として益富組の当主の益富又左衛門と国学者小山田與清の名前が記されている。ただ『勇魚取繒詞』の「繒」と「詞」の背後には、列島各地で描かれた絵巻物の伝統やクジラ情報が確認できる。『勇魚取繒詞』はクジラに関わり、クジラを描き考え続けた人々の捕鯨情報共同体の産物と見るのが正確だろう。