貴重書ギャラリー

一角纂考いっかくさんこう1冊 寛政7年刊

 17世紀中葉には代表的クジラを6種に分け「六鯨」とする分類法が定着する。背美(せみ)鯨、座頭(ざとう)鯨、長須(ながす)鯨、兒(こ)鯨、抹香(まっこう)鯨、鰹(かつお)鯨である。このほか頻繁に捕獲されていたゴンドウやイルカなど小型クジラを加えるのが標準的な分類となったが、それ以外の日本近海には生息しないクジラを記述する本草もある。『一角纂考』(1796)は大坂の酒造家でアマチュア本草研究者として有名をはせた木村孔恭によるイッカククジラ専門書である。「一角」はNarwhal、またはUnicorn、日本では通称イッカクと呼ばれているクジラで、北極圏にのみ生息し体長約5メートル。灰白色をバックに青黒色の斑模様をもつ。雄は左の上顎歯が3メートルにも伸び、角に見えるところからこの名がある。じつはこの牙が陸生の「一角獣」(想像上の生物)の角とされ強い解毒作用があると信じられていた。この歯は日本にも入り「烏泥哥兒(うにころる)」と呼ばれていた。北極圏捕鯨が活発化した17 世紀にはヨーロッパにも報告が入り始め、18世紀に捕鯨専門書が登場するとその認識はほぼ正確なものとなる。
 このクジラに魅せられていた木村孔恭の収集した文献目録には、オランダ人Johann Anderson やCornelius G.Zorgdrager の北極捕鯨誌が含まれている。これらの書物には科学的で詳細なイッカク情報が扱われており、木村はほとんどの情報をこの2冊の捕鯨誌から取っている。木村は『解体新書』(1774)出版にかかわった人々とも関係があったが、観察と解剖というヨーロッパの科学の方法を理解し、世界にも例のないイッカクのモノグラフを完成している。